栗岩洋 / yo kuriwaの映画ブログ

とある映画批評家気取りの大学生による

2022年新作ベスト:①レオス・カラックス『アネット』

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壇上のアダム・ドライヴァーは男性器にも似たマイクロフォンを自らの武器として振り回す。ここで画面に刻み付けられた円形はマリオン・コティヤールのもとに鏡として現れ、彼女の来るべき死を予告する。カメラは指揮者とだけ名乗る壇上のサイモン・ヘルバークのまわりを幾周も動き回り、襲い来る円形は再び彼の死を招き寄せる。生前のコティヤールはドライヴァーの動きをなぞるように邸宅の庭で幼い我が子を抱いたまま回転するが、アネットは木偶に身をやつす戦略によりあらかじめ生を先送りしている。円運動に奪われるべき命を持たないアネットは、円形の窓から大人たちの死の一部始終を目撃し、四角に囚われた父親を前に生まれ直す。ドライヴァーにとってはヘルバークの告白ですでに出自を脱臼されている "We Love Each Other So Much" の歌は、ついに肉体を手に入れたアネットによってさらに上書きされ、愛すべきものの一切を喪う絶望を予告する。円環の織りなす絶望の連鎖にひれ伏すほかない。

ところで、ノア・バームバックの新作『ホワイト・ノイズ』が欠いているのはアダム・ドライヴァーの暗黒である。

所信表明

栗岩洋 / yo kuriwaとは、とある映画批評家気取りの大学生が作り出したオルター・エゴである。映画について自分の考えたことを書き留めれば相対的に面白い映画考が成り立つのではないかという甘い見立て、かなりの頻度で遭遇する不誠実な映画評には正当な批判が必要だといういわれのない義務感、映画について書くことが仕事になる可能性への抽象的な憧れ、書いてみたい事柄が自らの実生活と直接に結び付けて読まれることへの臆病な尻込み、素人ゆえ露わになるであろう思考の欠陥の責任からあらかじめ距離を置こうとする及び腰、これらが手を取り合った結果、実在する大学生に近いといえば近く、遠いといえば遠い仮の名前が生まれ、彼または彼女はその名前の内実として振る舞い始めることになった。2022年12月13日のことである。